これから、「ふるさと」はどう変わるか/『人口減少×デザイン』
■人口減少とデザイン
「複雑な問題の本質を一挙に捉え、そこに調和と秩序をもたらす行為。
美と共感で多くの人の心に訴え、行動を喚起し、
社会に幸せなムーブメントを起こす創造的行為。」P4
issue+designの筧さんのデザインの定義にはいつも共感する。たまに読み返すとそうだそうだとメモってしまうのである。
先日、京都での筧さんの講演会に参加し、地方創生への取り組みに関する提言と、自身の各地での取り組みについて伺った。各提言はとても明確で自分の取り組む地域でもすでに議論されていることでもあり、今後の活動において意見や議論を整理するときに参考になる。
■日本の人口が減ることは問題なのでしょうか?
「人口減少のペースがあまりにも急激であること、そして地方圏の減少ペースがさらに激しいことが問題。大都市圏にこれまで以上に人口が集中し、地方圏の衰退が進むことで、日本が誇るべき自然、景観、文化、産業、暮らしの多様性が損なわれることに大きな危機感を抱いています。」p210
「人口減少問題」という言葉がどうしても先行してしまい、減ることがよくないことと考えなしに議論が先行していることが多いように感じる。
人口が減ることはどうして問題なのか。人が減ることは避けられないことであり、どうしたら文化の多様性を担保できるのか。重要でない、しきたりは減らすべきだし、この機会に伝統文化と悪しきしきたりとを見分け村のルールを変えていく取り組みが必要不可欠である。
松明結に関する各村々のヒアリングを通して、変革に取り組む人たちのエネルギーに驚かされます。
「祭りバカ」と自分たちを呼ぶ人たちはみな笑顔で村のことを語ってくれるのである。
人口減少×デザイン ― 地域と日本の大問題を、データとデザイン思考で考える。
- 作者: 筧裕介
- 出版社/メーカー: 英治出版
- 発売日: 2015/06/19
- メディア: Kindle版
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クリエイティブな思考のヒントが詰まった手引き書「システム×デザイン思考で世界を変える」
なんとなくの感覚でこなしてきたワークショップを変えるきっかけ
ブレスト、ディスカッション、ワークショップをすることが仕事がら多い。自分がなんとなく気をつけてる感覚を言語化され、手法としてまとめて説明されているので、手引きとしてなんどもみかえすだろう一冊。
システム×デザイン思考で世界を変える 慶應SDM「イノベーションのつくり方」
- 作者: 前野隆司,保井俊之,白坂成功,富田欣和,石橋金徳,岩田徹,八木田寛之
- 出版社/メーカー: 日経BP社
- 発売日: 2014/03/12
- メディア: 単行本(ソフトカバー)
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システム思考とデザイン思考
よく、物事を考えるときに、感覚的か論理的か、右脳と左脳、文系と理系、東洋思想と西洋思想などなどの議論になることがある。これらの曖昧な二項対立を2つの思考としてまとめたのがシステム思考とデザイン思考になっている。
システム×デザイン思考のこのような考え方は、東洋の人たちは古来から自然に身につけていたと言われています。たとえば、日本の古くからの思考をあげると、正月から1年たつとまた正月に戻るという時間の循環思考、近江商人の「三方よし」の格言でよく知られる協創と共栄の思想、社会を人と人との間の「人間(じんかん)」ととらえる「やわらかな」システム思考などです。システム思考のデザイン思考というと西洋発のものと思われがちですが、近代の行き過ぎた合理主義へのいわば「反省」として、西洋の学者たちが東洋の思想を体系化したものという見方もできます。日本人はシステム×デザイン思考のタネを実は体内に自然に持っているのではないでしょうか。
決してどちらがいいという議論でも、デザイン礼賛の話でもない。二つの思考を身につけ、使いこなし楽しめるようになることが必要なのである。
まさに、建物の設計や新しいプロジェクトを企画するときなど、クリエイティブな作業をするときに必要な2つの視点である。
これまで無意識なまま、行き詰まると手が止まったまま、なかなか進められずに時間が過ぎるということもよくあった。ブレストでも、意見が拡散しなかったり、相手の意見や自分の考えをうまく引き出すことができず悶々とすることも経験してきた。そもそも、対話の技術を体系立ててきちんと学んでいないことも課題だと感じている。
本書では、クリエイティブなプロジェクトの事例もあり、読んでいて各々の事例のインサイトを共有でき、気持ちよく読み終えてしまった。
今後、地方創生の議論を進めていく上で、いかに一部の有識者だけの議論で満足しないかが必要である。エネルギーと情熱がなければ、あえて苦しい道を選ぶ必要もない。しかし、新しい可能性と世界に通用する手法は必ず多様性の中からうまれる。
これから何度も見返し、実践していきたい。
リーダーに必要な「チームの目標を達成する!PDCA」
マネージメントを考えるきっかけ
昨年読みっぱなしだった一冊。先日、地域の書店をぶらぶらしていたら、まだ書店で平積みされていた。内容を非難するのではないが、こういうタイプの本は、どんどん新しいものに更新されつイメージだったので、1年たってもまだ平積みということは、根強く人気なのかもしれない。
さて、普段まず手に取らないタイプの本なのだが、昨年は急に経験のしたことのないプロジェクトを一気に複数抱えることになり、四半期を過ぎたあたりで思うように成果が上がらいため行き詰まりを感じ、焦って仕事本を買い漁ったことを思い出した。
それまで、最小限のカレンダーツールとメモだけで身の回りのプロジェクトはこなしてきたので、改めてもう一度プロジェクトを回すヒントを見つめ直すきっかけとなった。
リーダーに必要なのはカリスマではない
といっても、自分がもし一緒に働くチームのリーダーには、カリスマ性は備えてほしいなとか思ったりします。でも、たぶん求めているカリスマ性は、「仕事ができる」という大前提がなければ全くもって意味ないだろう。
リーダーがすべきことはたった一つ、PDCAを回すこと!カリスマ性や雄弁さがなくても、人も成果も付いてくる!
リーダーに一番大切なこと、それは仕事で成果を出すこと、成果を出し続けること。
本書では、PDCAサイクルをさらに分解し、「RPIDCAサイクル」を提唱している。Research(調査)とImplementation(実装・落とし込み)の重要性を説いている。つまり、「計画」段階が最も時間とエネルギーの掛かる作業であり、その設計がうまくいかなければ実行力も伴わないということだ。
問題を分解できる能力、客観的に仕事量を分析し、労働力を配分できる能力。そして、自分の抱えられる仕事量を考えることも必要だ。これらを分析し、整理するための手段も本書では具体的な例をあげて説明している。ロジックツリーや表など、実際にすぐにでも活用できるものばかりだ。
行き詰まりを感じていると同時に、夜まで仕事をしてもなんだか達成感がないことに苛立ちと焦りを感じていた。今思うと、まったく頭を使う仕事をしていなかったんだと思う。資料作りやスケジュール調整など、ではなく、もっと本質的な問いを思考するようなことができていなかった。
本当にこの一年は、こなすことを求められた。おもしろくない仕事でも、給料をもらっている以上きっちりこなさなければならない。しかし、そんなことをしていても、常に自分自身を鍛えなければと感じている。
クリエイティブなことに時間をかけるためにも、無駄な仕事をできるだけ小さくし、大きな目的達成のために本当に必要なことにエネルギーをかけられるように心がけたいと思う。
不幸じゃないけど幸せでもない、われわれへの「新・幸福論」
「不幸じゃないけど、幸せでもない。」
同世代の人たち、また地域で腰を据えてまちづくりやコミュニティに関わる仕事をしている人たちには、共感できる感覚なのではないだろうか。
コミュニティビジネスに注目が集まるいま、「近現代」という歴史的文脈からその必然性を再確認することができる一冊だと思います。
自分と向き合う
先日、ある社会起業家のかたとの意見交換の中で、「読書は自分自身と向き合う時間」と言っていました。私たちの世代は、会議中にわからないことや気になることがあればすぐにスマホやパソコンで調べ、目の前の会話に知識の補完をしながら参加することができます。しかし、相手の顔を見ず、すぐに画面ばかり見る行為、すこし調べただけでわかった気になる感覚が、読書離れを加速しているのではないかと言っていた。
わたしの父はサラリーマンであり、典型的な核家族の家庭で育ち、新興住宅地の一軒家で、同世代の友達の多い環境で幼少期を育った。本当に何事もなく18年間過ごし、平和でありきたりな日常だった。町には特に文化財や伝統的な祭りのようなものもなく、封建的な縦社会の経験も、中学時代の部活動の数年間だけで、何事もなく大学を目指す学生生活を送った。
特別裕福なわけでもないが、決して貧しくない。けれども、自分は同じような家庭環境を築けるとあまり思っていない。それは経済的な不安を抱えていることが大きいと思うが、しかし、親世代と同じような人生を送ることが果たして自分にとって夢中になれることなのだろうか。
ほどほどの幸せはあるような気がするが、本当の幸せはどこかに逃げている。現代人の感覚はこんなところにあるのではないだろうか。
この感覚は、自分の今のモヤモヤの一部を言語化したものだと感じた。
手応えのない、充足感の薄い成熟社会
書籍の帯カバーの解説文が秀逸である。
◆カバーの解説文日本はなぜ「幸せでも不幸でもない社会」になってしまったのか?政治、経済、思想—近現代の先進諸国は常に「目標」を設定し、そこに向かって突き進んできた。到着することができれば、必ず幸福な社会が待っている、と。が、たどり着いたのは、手応えのない、充足感の薄い成熟社会だった。18世紀のヨーロッパ、明治維新後の日本まで遡り、近現代の構造と宿命を解き明かし、歴史の転換を見据える大胆な論考。
戦前から戦後にかけて、日本の人間は町や土着的なコミュニティから分断され、「国民」という個人として振る舞いを求められるようになった。また、労働者や消費者、経営者や芸能人などある種誰もが当てはまれる「交換可能な個人」、つまり「人々」を生み出すことになった。
家族も核家族化が進み、先祖代々の家や土地から切り離され、マンションなど都市生活に対する豊かさのイメージが広まっていった。資本主義を支える経済システム、特に劣化しない価値を保つ「貨幣」によって、経済的な豊かさという絶対的保守主義が人々に加速していった。
こうして、戦後的豊かさのイメージは近現代にまで引きずり続けているのだ。しかし、ナポレオンがフランスの栄光というイメージを現実化するために、勝ち続けなければならなかったことを例に挙げているように、経済的豊かさという虚無的な関係を成立させる熱狂は、少しずつ限界に達しているのは誰もが薄々気がついている。もう日本が経済大国として勝ち続けることに限界がきている。有能な歯車を育て、交換可能な個人として労働することに、若い世代の中には二の足を踏む賢い人が現れ始めているのだ。
人間の本質は、関係の中にある
本書終盤では、経済合理主義に立ち向かうために、自然や文化、東洋思想に傾倒する、旧来のロマン主義と同じままではいけないと言っている。別に、現実に挫折感を抱いているわけでもないのだが、自己の成長を個人の内面ばかりに向き合うことばかりではいけないのだ。他者との関係性に向き合わなければいけない。ただ漫然と受け身のコミュニティでは、とても狭い価値観と閉鎖的なコミュニティに苦しくなってしまう。
自分自身の成長のために、創造的な活動をするために、新しい関係の創造が必要なのだ。
「コミュニティ」や「つながり」のような、なんとなくぬるい言葉に惑わされることなく、ポジティブに自分の関わる地域をアップデートする、創造的な活動を目指した新しい関係づくりに取り組んでいこうと思う。
流れとかたち
世界の見方が変わる一冊
都市や地球を生物に比喩し、生態学として考えることに魅力を感じている。
しかし、この本では、もっと物理学的な視点で、まさに「流れ」と「かたち」にあらゆるもののデザインの法則性を説明している。とてもシンプルで明確な定義付けと世界を紐解く論理展開が、読んでいて面白い一冊。
■「コンストラクタル法則(constructal law)」・この法則は、血管組織や移動、社会組織などを含め、生命を持たない河川から生き物のデザインまで、自然というモザイク全体に及ぶ。・ゆう現代の流動系が流れの中で存続する(生きる)ためには、その系の配置は、中を通過する流れをよくするように進化しなくてはならない。・生物、無生物の別けなく、動くものは全て流動系である。流動系はみな、抵抗(摩擦)に満ちた地表を通過することの動きを促進するために、時とともに形と構造を生み出す自然界で目にするデザインは偶然の所産ではない。それは自然に自発的に現れる。そのデザインが、時とともに流れをよくするからだ。
■「生きている」こととはどういうことかこの法則は、生きているということの意味について新たな理解を提示し、それによって、科学のさまざまな分野を隔ててきた壁を取り壊す。生命は動きであり、この動きのデザインをたえず変形させることだ。生きているとはすなわち、流れ続けること、形を変え続けることなのだ。
■全ては地球という流動系の構成要素である・森はあるかに大きい地球規模の系の一器官と言える。同様に、個々の動物は、大陸を移動する全動物の一器官と言える。・また、進化についての私たちの理解を拡げ、生物学的変化という自然の傾向が、無生物の世界を形作るものと同じ傾向であることを示してくれる。→いっさいのものは、同一の普遍的な力によって形作られ、想像の一大交響楽を奏でながら、それぞれが全体を支えているのだ。
この書籍を読んでいて、建築デザインをバーナード・ルドフスキー『建築家なしの建築』が頭に浮かぶ。その土地ごとの風土や気候によって、多様な土着的な建築が紹介された一冊。山脈を俯瞰して写したような建物群は、まさに流れとかたちから生まれた姿。
今日、高度な技術進歩によって風土や気候から切り離された自由な造形が可能な建築が建てられている。都市においては、自然気候の影響だけでなく、人間の密度とライフスタイル、地価などの「ながれ」から多様な「かたち」が生まれているのではないだろうか。
大きな共同体意識
「流れとかたち」は、生物活動は地球の流動系の一器官という超マクロな視点を提示している。自然は地球上でより多くの質量の移動を促進するために進化し、無生物のデザインはそれを細くする活動としている。
人間活動は、自己中心的な経済活動から持続可能な経済活動へ転換しなければ、流れを遮り邪魔をする存在になってしまう。
しかし、この本では、特に多様性について言及していないが、人間活動における文化や伝統や芸術は、大きな流れの中では摩擦され消えてしまうものなのだろうか。人間活動を補助し健全な活動を促すのに必要なものだけ残っていく。
人間を中心とする社会に生きているという価値観では、水が淀み、流動系の流れが健全でない。人間同士の関係性だけに意識を向けるのではなく、もっと大きな共同体意識を持つことが必要だ。
嫌われる勇気
人生を変える数冊
ここ最近で、一番夢中になった一冊。
数年前に、福岡伸一さんの「動的平衡」を読んだときに夢中になったことを思い出す。
自分の中でもやもやして、整理できていなかった考えをまとめるヒントがたくさん詰まっていた。
○決定論と目的論「決定論」:あらゆる結果の前には、原因がある。「目的論」:過去の原因ではなく、いまの目的を考える。ex)「外に出ない」という目的が先にあって、その目的を達成する手段として、不安や恐怖といった感情をこしらえている。→われわれは原因論の住人である限り、一歩も前に進めません。
まず、この「目的論」の考え方はいままでの自分には定義できていなかった見方である。奥さんの考え方にこれがある。誰にでもあると思うが、仕事をたくさん抱えている状態で、時間がなく、なかなか手をつけられずにいる。いつまでも机の奥の方に取り残されているプリント状態。そのプリントは、一見自分がやりたくて残していたものだとしても、結果的に後回しになってできていないということは、実はそこまで大切にしていなかったのだ。今の自分には。
なぜできないか、なぜ嫌なのか、常に過去に原因を追求し、因数分解し、問題を消そうとする考え方しかしてこなかったので、「いま」の自分を客観視し、分析する視点が昔から不思議だった。目的論とは、まさにそういう視点なのだと感じた。
編集のチカラ
さて、嫌われる勇気は3、4回も読み返し、自分の血肉になるように何度も咀嚼するようにノートもとり、一通り整理したのちに、著者の他の作品も取り寄せてみました。
アドラー心理学入門―よりよい人間関係のために (ベスト新書)
- 作者: 岸見一郎
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著者ふたりのそれぞれ1冊ずつ読んでみました。
まず、アドラーについて、もっと知りたいと思い、とりあえず入門書から。なんとなく、こういうときに入門から入りたがるのが、いかにも自分らしく、応用が効かないなぁと感じます。
内容は、嫌われる勇気で取り扱われたアドラー心理学で扱われる用語が一つ一つ解説され、復習になりました。
もう一冊、フリーライター古賀史健さんの著書。普段書店で見かけても手に取らないだろう本だが、読みはじめたらあっというまに読み終えてしまいました。つまり、文章が面白いのです。
タイトル通り、内容は文章術について丁寧にテクニックを教えてくれています。なるほど、なるほど、ふむふむ。。。と呼んでいるとあっという間に終わってしまった。著者も大事にしている文章の「リズム」をまさに一冊に濃縮されており、読んでいて気持ちがいい。20歳といわず、10代に読ませたいと感じます。
2冊の本を通して感じたのが、「編集のチカラ」。嫌われる勇気がおもしろかったのは、単にアドラー心理学の発見だけではなかったと確信します。対話形式の流れ、文章のリズムの良さ。これが読み手に難しい内容を解きほぐし、読みやすくしてくれる。古賀さんの言葉では「翻訳」し、テンポよく展開しているということでしょう。
○「書く技術」は、一生使える”武器"になる・これからますます「書く時代」「書かされる時代」になる。・文章力という”武器”を手に入れることは、将来に対する最大級の投資。
昔から、国語や作文に苦手意識が強く、できることなら避け続けてきました。書くよりも読むほうが楽しい。しかし、これからの時代、SNSやブログなど、個人がますます書くことを求められ、情報発信力、日常の編集力がなければだれも見てくれなくなるのではないでしょうか。もちろん、リアルでの繋がりをきちんと保てれば心配する必要はないですが。
自分のような働き方をする人たち、まちづくりをよそ者がする人たちには、まちがいなく書く力を磨かなければならないと感じます。